シリーズ:アラブビジネス文化入門 第3回 組織の階層と意思決定
- Musa M., Ph.D.

- 6月25日
- 読了時間: 6分
― 会議にいる人が、必ずしも決める人とは限らない ―

本シリーズ「アラブビジネス文化入門」では、アラブ諸国でのビジネスを成功させるために知っておきたい文化的背景、価値観、交渉スタイルなどを、全5回にわたり紹介しています。
第1回では「信頼と関係構築」、第2回では「時間感覚と交渉スタイル」を取り上げました。第3回のテーマは、「組織の階層と意思決定」です。
アラブ諸国の企業と商談をしている日本人から、次のような話を聞くことがあります。
「会議では好意的な反応だったのに、その後なかなか話が進まない」
「担当者から了承を得たと思ったが、後になって内容が変わった」
「何度説明しても、最終的な回答が返ってこない」
このような状況では、相手が約束を守らない、あるいは決断を避けているように見えるかもしれません。しかし実際には、相手側の組織における意思決定の仕組みを十分に把握できていない可能性があります。
会議の参加者と「決定権を持つ人」
日本の企業では、担当者が情報を集め、社内で調整し、関係部署の合意を得ながら決定へ進むことが一般的です。最終決裁者が別にいる場合でも、担当者が一定の範囲で判断し、交渉を前に進めることができます。
一方、アラブ諸国の企業、特に創業者や家族が経営に強く関わる企業では、重要な決定権が経営者や上位の責任者に集中していることがあります。
そのため、商談に参加している担当者が積極的にうなずき、「良い提案です」「問題ありません」と評価していても、それが最終的な承認を意味するとは限りません。担当者自身が提案に賛成していても、正式な判断は組織の上位者に委ねられていることがあるからです。
サウジアラビアやUAEのビジネス文化に関する解説でも、組織内の階層を理解し、実際の意思決定者を把握する重要性が指摘されています。研究においても、アラブ地域の組織には中央集権的な意思決定が見られる一方、相談や参加を重視する組織も存在することが報告されています。したがって、単純に「すべてトップダウン」と考えるのではなく、企業ごとの構造を確認することが必要です。
「相談」と「決定」は別の段階
アラブの組織では、リーダーが部下や周囲の人々から意見を聞くことがあります。会議では複数の参加者が自由に意見を述べ、活発な議論が行われることも珍しくありません。
しかし、全員の意見を聞くことと、全員で決定することは同じではありません。
リーダーは周囲に相談し、人間関係や各方面への影響を考慮したうえで、最後は自ら判断します。つまり、意思決定の過程は相談的であっても、最終決定は上位者が行うという形です。サウジアラビアの管理スタイルについても、グループで意見を交わしながら、最終的な判断はリーダーが下す傾向が紹介されています。
日本側から見ると、「会議で全員が賛成していたのだから、もう決まったはずだ」と思うかもしれません。しかし、アラブ側にとって、その会議は最終決定の場ではなく、上位者に提案を持っていくための意見交換の場だった可能性があります。
この違いを理解していないと、双方の間に期待のずれが生じます。
相手の「立場」を尊重する
アラブ社会では、役職、年齢、社会的立場などが人間関係に強く影響することがあります。特に正式な場では、組織の上位者に敬意を示すことが重要です。
たとえば、相手側の責任者が同席しているにもかかわらず、実務担当者だけに話しかけ続けると、責任者を軽視しているように受け取られる可能性があります。
反対に、担当者の権限を超える判断を何度も求めることも、相手を困らせます。「今ここで決めてください」と迫られても、その人に決定権がなければ回答できません。
日本側が悪意なく行ったことであっても、相手の組織内での立場を理解していなければ、信頼関係を損なうことがあります。
重要なのは、名刺に書かれた役職だけを見るのではなく、
誰が会議を主導しているのか
誰の意見を参加者が重視しているのか
最終的な承認を与えるのは誰か
担当者がどこまで判断できるのか
を注意深く確認することです。
日本企業へのヒント
① 最初に意思決定の流れを確認する
商談の初期段階で、失礼にならない形で意思決定の手続きを確認しておきましょう。
たとえば、
「この提案について、ほかにご相談される方はいらっしゃいますか」
「最終的な承認までには、どのような手続きがありますか」
と尋ねれば、相手の権限を疑うことなく、組織の仕組みを確認できます。
② 重要な会議には同等の立場の人を参加させる
相手側から経営者や上級管理職が参加する場合、日本側もある程度の決定権を持つ人を参加させることが望ましいでしょう。
相手の責任者に対して、決定権を持たない担当者だけを派遣すると、「この商談は重要視されていない」と受け取られる場合があります。
③ 担当者を飛び越えない
最終決定者との関係は重要ですが、だからといって、これまで対応してきた担当者を無視して直接トップに働きかけるのは危険です。
担当者の顔を立てながら、担当者を通して上位者との面会や承認を依頼することが大切です。アラブビジネスでは、内容だけでなく、誰を通して話を進めるかも信頼関係の一部だからです。
④ 決定後のスピードに備える
決定までに長い時間がかかっても、承認が下りた後は、急速に実行を求められることがあります。
「返事が遅いから、まだ準備しなくてもよい」と考えるのではなく、契約、納品、人員配置などの準備を並行して進めておくことが重要です。
まとめ:決定の「見えない道筋」を理解する
アラブ諸国の企業とのビジネスでは、会議で好意的な反応を得ることと、正式な決定を得ることは必ずしも同じではありません。
大切なのは、相手の組織において誰が意見を集め、誰が影響力を持ち、誰が最終的な判断を下すのかを理解することです。
ただし、アラブ世界は広く、国、企業規模、業種、経営者の世代によって組織文化は大きく異なります。すべての企業が同じ方法で意思決定を行うわけではありません。
だからこそ、「アラブ企業はこうだ」と決めつけるのではなく、相手企業の人間関係と意思決定の流れを丁寧に観察する必要があります。
組織図には表れない「誰が決めるのか」を理解し、その人だけでなく、決定までの過程を支える人々にも敬意を示すこと。それが、アラブビジネスを円滑に進めるための重要な鍵となるのです。

